【劇団あとむの創造リーダーとして、創設以来長きに渡りご指導下さった
関矢幸雄先生が2021年3月28日に亡くなられました。94歳でした。
先生ありがとうございました。 劇団あとむ一同】
創立の御挨拶文として、旗揚げの言葉として、端的にまとめ、多くの機会に
皆様にお伝えしてきた文章をあらためてここに掲げます。
【演出家関矢幸雄氏との1969年の出会いより、長く学んできた秋山英昭を中心に、関矢氏を創造リーダーとして迎え、1984年に創立。
子どもにとって必要なのは(見立てる力)であり、子どもの(見立てる力・遊ぶ力)は創造的想像力につながるという考え方から、説明的な表現を排した手法を多用。したがって舞台劇というジャンルにとらわれず、あらゆるジャンルの演劇的表現を自由自在に駆使する。また俳優は子どもにとって何でも出来る大人でありたいという思いから演技は勿論、裏方の仕事、美術の製作、そして重要なのは音楽を生演奏でという事から、俳優自身が演奏をし、音楽性の高い作品の制作を心がけています。
旗揚げは『風を見た少年』、続けて『星の王子様』『あとむの時間はアンデルセン』『気のいいイワンと不思議な小馬』『あとむのお話コンサート~レフおじいさんの童話の森にて~』、『青い鳥合同公演』新版『風を見た少年』『走れメロス』を演出。】
『2001年に劇団創立者の秋山英昭が急逝して早くも20年経ちました』
創造リーダー関矢幸雄先生は、2021年3月28日に他界されました。
関矢先生は、ご自宅、病院、施設等での療養の日々でした。コロナ禍における余りにも特異な日々、ご家族以外はお見舞いも許されず、お会い出来ない時期が1年余も及んだことは、ご不在となられた現在に至った今も、どうにも実感を持てない“とき”が続いておりました。
今、児童演劇のおかれた状況は十数年前から徐々に、昔々の希望に満ちた展望や思い込みは、まるで夢かというほど不遇の時代になりました。
『自分達でやりなさい』
関矢先生が『自分達でやりなさい』と仰有ってから、随分長い時間が経ちました。その長い時間は、コロナ下自粛の影響のまっただ中とぴったりと重なります。この未曾有の激変が、私にの内なるものを培ってくれたようです。
私は、思いきり自由になりました。
関矢先生の示された導標が、ご不在になってやっと、明確に見えたということです。
大きな指標や演出にたいし、貧弱な想像力と解釈で従いその道を辿ることで精一杯で、せめて良い絵の具にならねば…から一歩も出られなかった、どんな絵を描きたいかの本能も創意も持たなかった、結局は絵の具にもなれないということです。関矢先生は突出した天才・異才、所詮、桁が違いました。
それでも関矢先生が私達に期待したものは、その先に有りました。
「自らが創造する」と気付くこと。その上で先生がずっと語り続けた「表現は技術」とは、「真実の感動」とは、何処にあるのかを見据えていくことでした。
今頃そんなことに気付いたのかと皆様はお笑いになることでしょう。
関矢先生も、もどかしかったでしょう。諦めていらしたかもしれません。
コロナ下の今は、才気煥発、新しい表現と活動と売り込みアピールをガンガン拡げよう、大きな作品を創ろうというのは、私には不可能だし、似合わない。若者達に託します。
私は、自由になれて気づいたことは山のように沢山有り、先生の提唱する、素劇の表現を根本から具体的に、地道に、ワクワク見直す作業をします。
関矢先生が演出された作品は如実に『素劇』なのだから、教科書はたっぷりある、勉強しよう、まだ間にあいます。今ならコロナ下、「粛々とそんな作業の時間」がお誂え向きにある!劇団あとむのひとりひとりの俳優達と一緒に、「素劇の表現のその技術」とは何か、「真実の感動を生む」ものは、何処にあるのか、を見つけます。あとひと息の所まで、きているのだから…。
実際に『自分達でやりなさい・最新作』・素劇『あとむの童話の森にて』は、もういっぱい、その確かな芽生えを見ています。ご期待ください。
今後もどうぞ、魅力的なあとむ達をお見守り下さい!
【感動現象を起こす者をイコール芸術家という!関矢語録】